勝といふは、見方に勝事也。見方に勝といふは、我に勝事也。我に勝といふは、気を似、体に勝事也。
翌日の事は、前晩より夫々案じ、書き付置れ候。是も、所事人よりさきにはかるべき心得也。
大難大変に遭うても動転せぬといふは、まだしきなり。大変に遭うては歓喜踊躍して勇み進むべきなり。
不仕合せのとき草臥れる者は、益に立たざるなり。
礼儀を乱さず、へり下りて、我が為には悪しくとも、人の為によき様にすれば、いつも初会の様にて、仲悪くなることなし。
私なく案ずる時は、不思議の知恵も出づるなり。
山本 常朝(やまもと つねとも、万治2年6月11日(1659年7月30日) - 享保4年10月10日(1719年11月21日)は、江戸時代の武士、佐賀藩士。武士道の書物『葉隠』の口述者。「じょうちょう」とは42歳での出家以後の訓で、それ以前は「つねとも」と訓じた。通称神右衛門、俳号は古丸。